大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)744号 判決

主文

一  原判決中破産管財人の承継に係る第一審原告らの破産者安井義隆に対する本件訴えのうち別紙その二(d)欄記載の金額に関する部分はこれを取消し、右取消部分の訴えを却下する。

二  第一審被告ら(安井義隆を除く。以下同じ。)及び破産管財人の本件各控訴及び第一審原告らの各附帯控訴中第一項記載部分を除く各附帯控訴をいずれも棄却する。

訴訟承継により、原判決中第一項記載部分を除く破産者安井義隆に対する部分を次のとおり変更する。

「破産者安井義隆に対し、

1  第一審原告梅田平、同太垣昇、同西野清、同奥村忠俊、同佐藤昌之、同尾下秀敏、同橋本哲朗、同上垣賢司及び同松田一戯は各金五二万六六四四円、

2  第一審原告植田友蔵及び同西本光雄は各金三六万一〇九六円、

3  第一審原告西岡紀子は金一七万五五四八円、

4  第一審原告西岡太郎、同西岡達郎、同西岡充郎及び同西岡麦穂は各金八万七七七四円、

の支払を受けるべき債権を有することを確定する。

第一審原告らのその余の請求を棄却する。」

三  第一審原告らと破産管財人との間において、訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その二を破産管財人の、その余を第一審原告らの各負担とする。

四  第一審原告らと第一審被告らとの間において、控訴費用は第一審被告らの、附帯控訴費用は第一審原告らの各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  第一審被告ら及び破産管財人

1  原判決中第一審被告ら及び破産管財人敗訴部分を取消す。

2  第一審原告らの請求及び附帯控訴をいずれも棄却する。

3  控訴につき、訴訟費用は第一、二審とも、附帯控訴につき、控訴費用はそれぞれ第一審原告らの負担とする。

二  第一審原告ら

1  第一審被告ら及び破産管財人の控訴をいずれも棄却する。

2  原判決を次のとおり変更する。

第一審被告らは各自、第一審原告梅田平、同太垣昇、同西野清、同奥村忠俊、同佐藤昌之、同尾下秀敏、同橋本哲朗、同上垣賢司、同松田一戯、同植田友蔵及び同西本光雄に対し各五五万円及び内金五〇万円に対する昭和四九年九月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、第一審原告西岡紀子に対し、一八万三三三六円及び内金一六万六六六八円に対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、第一審原告西岡太郎、同西岡達郎、同西岡充郎及び同西岡麦穂に対し各九万一六六六円及び内金八万三三三三円に対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

破産者安井義隆に対し、第一審原告梅田平、同太垣昇、同西野清、同奥村忠俊、同佐藤昌之、同尾下秀敏、同橋本哲朗、同上垣賢司、同松田一戯、同植田友蔵及び同西本光雄は各金八七万七七三九円、同西岡紀子は金二九万二五八三円、同西岡太郎、同西岡達郎、同西岡充郎及び同西岡麦穂は各金一四万六二八八円を支払うべき債権を有することを確定する。

附帯控訴につき、訴訟費用は第一、二審とも、控訴につき、控訴費用は第一審被告ら及び破産管財人の負担とする。

仮執行宣言

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実欄に摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。(以下、原判決引用に際して、「被告安井義隆」を「訴外安井義隆」、「被告ら」を「被告ら及び訴外安井義隆」、「被告安井義隆本人尋問の結果」を「承継前被告安井義隆本人尋問の結果」と読み替え、原判決中の「原告ら一二名」は「第一審原告梅田、同太垣、同西野、同奥村、同佐藤、同尾下、同橋本、同上垣、同松田、同植田、同西本及び亡西岡二郎」を指すものとする。)

(第一審被告ら及び破産管財人の当審における主張)

1  原判決は、部落差別と部落開放運動に対する正しい基本的認識を欠いている。即ち、本件事件当日の被告らの行動の一面のみをいたずらに極端に強調せず、本件糾弾行為の必要性を正当に評価し、正当な動機に基づいてやむにやまれぬ気持から行われた行動であることを全体からみて判断するならば、その社会的相当性を優に肯定できたはずである。

2  糾弾権について

差別糾弾は、被差別者が差別者に対して面談をし、抗議、説得、批判する行為であり、しかも被差別部落民全体の怒り、願いとその団体を背景としてなされるという点に特徴がある。このような行為に出ることは差別者をして反省せしめ、二度と差別行為を繰り返させないために必要不可欠であり、集団性に特徴がある。

同和問題は人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によって保障された基本的人権にかかる問題である(憲法一四条、一一ないし一三条、二二条、二五条、二六条、九七条)。

部落差別は被差別部落民の基本的人権を侵害するものであり、この差別の解消が日本国憲法の基本的人権尊重の理念を実現するものである。それゆえ、差別糾弾の実施は、当然憲法の理念から権利として保障されなければならない。

(第一審原告らの当審における主張)

破産者安井義隆は第一審判決宣言後の昭和六二年一〇月二〇日神戸地方裁判所豊岡支部より破産宣告を受け、前掲破産管財人が選任され、破産管財人が本件訴訟を承継したので、請求の趣旨記載のとおり破産者安井義隆に対する部分を変更して請求する。

第三 証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所も第一審原告らの第一審被告ら及び破産管財人に対する本訴請求は、原判決が認容した限度において正当としてこれを認容し、その余は棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は次に付加、訂正し、かつ第二項において違法性阻却事由について判断するほか、原判決理由一、三及び四説示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(原判決の付加、訂正)

1  四七枚目表一一、一二行目の「同尾崎各本人尋問の結果」の次に「並びに当審における第一審原告佐藤及び第一審被告丸尾の各本人尋問の結果」を挿入する。

2  五三枚目四行目の「いずれも成立につき争いのない」を「いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したと認められるから真正の公文書と推定すべき」と訂正し、同九行目の「各本人尋問の結果」の次に「並びに当事における第一審原告佐藤及び第一審被告丸尾の各本人尋問の結果」を挿入する。

3  五四枚目表六行目の「原告橋本ら」を「亡西岡二郎ら」と訂正する。

4  五六枚目表五行目の「(但し被告丸尾本人尋問の結果は一部)」の次に「並びに当審における第一審被告丸尾の本人尋問の結果」を挿入する。

5  五七枚目裏一二行目の「同原告」を「同被告」と訂正する。

6  六一枚目表一二行目から一三行目の「、更に顔面を殴打されて鼻から出血し」を削除する。

7  六三枚目表一二行目の「甲第九、一〇号証」の次に「並びに当審における第一審原告佐藤本人尋問の結果」を挿入する。

8  原判決中六七枚目裏九行目から六八枚目裏三行目までを次のとおり改める。

「5 共同不法行為

本件事件当時、第一審被告丸尾は解同県連沢支部支部長、同尾崎は同支部支部員、同安井千明及び訴外安井義隆はいずれも同解同県連東上野支部支部員であったことは当事者間に争いがなく、以上認定の事実、原審における検証の結果及び第一審被告丸尾、同尾崎、同安井千明及び承継前第一審被告安井義隆各本人尋問の結果並びに当審における第一審被告丸尾本人尋問の結果によると、本件事件当日の午後八時頃から一一時頃まで本件ビラの新聞折込みについて新聞販売店店主らを対象とした解同県連による確認会が朝来町立福祉会館において開かれたのであるが、そこでは第一審被告丸尾が前記認定の中座するまで司会し、その余の第一審被告ら及び訴外安井義隆も右それぞれの立場で右確認会に出席し又は出席するために右福祉会館に集合していたこと、本件加害行為の内容の中心をなす糾弾行為は、右第一審被告ら及び訴外安井義隆の意識としては、日高有志連及びこれを支持する者があくまで本件ビラを配布する行為にでたことから、これに反発した解同県連がこれを阻止し、その差別性を認識させ、その配布をなさせず、あわせて以後この種の行為にでないようにすることを目的としてなされた行為であること、前記(原判決3(一)ないし(三))認定のとおり、第一審被告丸尾、同安井千明及び訴外安井義隆は、八日夜、ほぼ同じ時刻に、第一審被告尾崎も翌日の二時半か三時頃、本件事件の現場付近に到着して本件に関与するようになったこと、しかし第一審被告尾崎は右現場に一時間位居て着替えに前記福祉会館へ帰り、同日七時ころに右現場に赴いて再び本件に関与することになったこと、本件第一現場と本件第二現場との距離は一一〇メートル弱に過ぎず、右糾弾行為は第一審被告丸尾の指揮のもとに同盟員らの組織的な行動として行われ、右本件第二現場の行為もその一環としてなされたものであること、第一審被告尾崎も同安井千明及び訴外安井義隆とともに第一審被告丸尾の指揮に協力し、これを支援し、同盟員の中にあって積極的な行動にでたものであることが認められる。右認定に基づいて考えると、第一審被告ら及び訴外安井義隆の加害行為は共同不法行為に該当するものというべく、たとえ第一審被告尾崎において本件第二現場の事情を知悉していなかったとしても、同第一審被告もその余の第一審被告ら及び訴外安井義隆とともに共同不法行為者としての責任を負担すべきであるというべきである。

また、なるほど、原審における第一審原告植田及び同西本の各本人尋問の結果によると、本件第二現場においては、第一審原告植田において顔見知りの和田与八郎に対して通行妨害をするなとたしなめたり、年下の解放同盟の人が君づけで語りかけたことで怒鳴り返したり、解放同盟に属する約四〇才の甥が自己の乗車している乗用車に乗り込んできて護身を申し出たりしたこともあり、又第一審原告西本は解放同盟に属する老人から自己が配布を受けた食糧を食べるよう勧められてお礼を述べたなど、右両第一審原告らが常に脅えきっていたとは断定できない場面もあったこと、右両第一審原告らのところから一時解放同盟の人がいなくなった時間帯もあったことが認められるけれども、一方右証拠によれば、右第一審原告らが当時考えていた乗用車を進行させて避難することは当時の本件第二現場の状況からは到底考えられなかったこと、さらに車外に出ることにより他の第一審原告らと同様に直接の糾弾行動を受ける恐れを抱いていたことも亦認められるのであるから、右の脅えていた事情が常態でなかったという事情及び監視が一時とだえた時があったという事情から右両第一審原告らが前記認定の時間中の何れかの時期に拘束状態から脱したとか、もともと拘束状態がなかったとして、前記認定を覆す事情とはなりえない。それゆえ、結局、本件第二現場における前記認定の事実をもって、不法行為の成立を肯定せざるを得ない。

但し、後記のとおり、右の本件第一現場と本件第二現場との相違は損害額の算定に際して考慮すべき事情である。」

二  違法性阻却事由について

1  違法性阻却事由の位置づけ

違法性阻却事由は、ある行為が故意又は過失による法益侵害の行為として不法行為の成立要件に該当するが、正当防衛、緊急避難、権利行使及びこれに準ずる正当行為等といった特別の事情がある場合に不法行為の成立を否定する事由であり、その判断に際しては違法性についての判断におけると同様に、被侵害利益の種類及び被害の程度、双方当事者の各行為の態様、その動機等を考慮して加害行為が社会的に相当として容認されるか否かを中心として判断すべきであると解する。第一審被告ら及び破産管財人の主張する糾弾権の内容及びその背景ないし根拠として主張する事情、即ち部落差別の歴史及び現状、憲法の諸規定及びその理念等は、右の違法性阻却事由の判断に際して考慮される事情というべきである。

これを本件についてみるに、右部落差別の歴史及び現状、憲法の諸規定及びその理念等の外、第一審原告らと第一審被告ら及び訴外安井義隆双方が対立に至る経過、本件事件当日における双方の行為の態様、その動機、被侵害利益の種類及び被害の程度等の諸事情を考慮すべきこととなる。右本件当日における双方の行為の態様、被侵害利益の種類及び被害の程度等は前記認定のとおりであり、部落差別の歴史及び現状は公知の事実であり、憲法の諸規定及びその理念等は裁判所が当然判断の基礎とすべき事実であるので、その余の事情について以下において検討することとする。

2  原判決理由二、1、(一)ないし(四)(六八枚目裏一〇行目から七七枚目裏末行まで)をここに引用する。但し、次のとおり付加、訂正する。

(一)  六八枚目裏一二、一三行目の「乙第二八号証、」の次に「同第二九、第四二号証、」を挿入する。

(二)  七一枚目表一一行目の「ないし八」の次に「九、」を、「乙第二六号証、」の次に「同第五、第六、第二七号証、」を挿入する。

(三)  七二枚目裏一行目の「機せずして」を「期せずして」と訂正する。

(四)  七三枚目裏一行目の「証人太幸史朗の証言、」の次に「当審証人藤本義宏の証言、」を加える。

(五)  七四枚目裏一二行目以下七五枚目表一行目までの( )内を削除する。

(六)  七六枚目表八行目以下同丁裏一行目までを次のとおり変更する。

「(イ)同月二九日午前八時三〇分ころから午後八時三〇分ころまでの間、生徒約二〇〇名ないし二五〇名が出席して、朝来中学枚の体育館において再び確認会が開かれ、前記能見教諭に対して『前の確認会から一週間たっている。何したか。』、『何もせんということは、うらぎっている。』、『地区の人の立場にどうしてなれんのか。』などとくりかえし問いつめ、その後行動隊のマイクによる指揮で同教諭の周囲をぐるぐる回る行為をした。また、生徒から教師に対して『この前の確認会のあと家に帰ったら、親に、帰りがおそいといって叱られた。この責任をどうするか。家庭訪問して親を説得せよ。』という意見を述べた。さらにその後、前記足立教諭に対して確認会を実施した。同教諭は『こんなことするのは一方的である。』と答えたので、前記夜久教諭や能見教諭に対してしたと同様に行動隊の指揮で同教諭の周囲をぐるぐる回る行為をした。その後、福祉会館において、翌日午前一時頃まで青年行動隊と同教諭との間で話し合いがもたれた。

(ウ)その後八月一七日夜、朝来中学校においては教職員による職員会が開催されたが、前記足立教諭は、解放研等による確認会について自省を込めて批判的な見解を述べ、またその余の機会にも同様に批判的な言動に出た。その要点は後記(原判決(三)、(2)を付加訂正した本判決次丁表以下(七)欄記載部分)認定の本件ビラの記載のとおりである。特に右職員会の際には、同教諭はそれまで同中学枚の同和教育の推進者であり、他の教諭はこれについてきたという関係にあったところ、自らが確認会にかけられたことからにわかに従前の見解を翻して解放研等による確認会につき批判的見解を表明したため、その見解は他の教諭から冷やかに受け止められ、賛同を得ることなく経過した。」

(七)  七七枚目表一一行目と一二行目の間に次の文章を挿入する。

「加えて、本件ビラには、下欄の後半部分には、前記認定の解放研等による確認会に対する足立教諭の批判的な見解が記載されているが、その主要な部分を摘記すると次のとおりである。

○ 和田山中の二回目あたり(七月一六日)生野小の確認会のことから、今のやり方は、いけないと思った。今後やればひとりつけば三人は離れていく。解放運動にはマイナスだ。

○ 朝来支部(教員組合)の団結がもとにもどるだろうか。みなは、朝来中に不信をもっている(今年の人事で郡内教員は朝来中に転勤をさける。)

○ 子どもは先生のいうことは聞かん『質問だけに答えよ。』『弁解は差別だ。』など問題にならん。

○ 行動隊の形だけまねて生徒がどうにもならん『生徒はおこした暴行は、先生の責任だ。おまえが変革せんからだ。』と責任を転嫁している。先生が変革しようと思ったら『部落に学べ、たち上がった者(行動隊)に学べという。』おかしいではないか。

○ 『何でや。』『何でや。』と問いつめ『言え。』『言え。』といわせる。インディアンのうずにはいったら恐怖と戦慄の中におかれる放心状態になる。考えは何もなくなる。生徒もへとへとになるまでまわりをまわしとる。三~四人いつもたおれている。これも放心状態だろう。

○ 行動隊は『わしらは命をうばわれている。』『ぶったおれようが、命がなくなろうがかまわん。当然だ。』といっているが、生命の危機を感じる、手出しができん。いかんともしがたい。」

(八)  七七枚目表一三行目冒頭に、「当審における第一審被告丸尾本人尋問の結果、」を挿入する。

3  本件ビラの記載内容の虚偽性、相当性

以上認定の事実、〈証拠〉を総合すると、本件ビラの記載本文上、下欄の記載中客観的事実の描写部分(確認会の日時、場所、参加人員、発言、行為等の様子及びA教諭の発言部分)は、その記載自体をとってみるとほぼ真実が記載されているが、例えば、前記認定の夜久教諭に対する確認会の記載は、同教諭が室内に入ってきて後に生徒に対して高圧的な態度をとったという点の記載がなく、またA教諭(足立教諭)の発言に関する記載中、その発言に対する周辺の教諭の対応などの記載が欠けているなど、情報の選択が一面的であり、さらに本件ビラの冒頭のいわゆるリードの部分及び本文記載中の評価的な表現がとられている部分は、一面的、挑発的、煽動的、揶揄的であって、一般の読者には朝来中学枚が文字どおり「この世の生き地獄」であり、その原因が解同県連行動隊指導の解放研の生徒たちの無謀な行動にあるという印象を与え、本件ビラ作成者と反対の立場をとる解放同盟及びその立場を支持する人に対しては、激しい怒りの感情をかきたてるものと理解されること、但し、本件ビラがある運動の一派の主張を強調して記載したビラであることは一見して明白であるので、一般の読者は必ずしもすべての事項にわたりその記載どおりには理解しないであろうと思われること、が認められる。

4  違法性阻却事由についての判断

以上認定の事実に基づき本件における違法性阻却事由の肯否について検討する。

部落問題は、良識ある論者、運動家によって長年にわたりその解決に努力が重ねられ、国によっても、同和対策事業特別措置法、地域改善対策特別措置法をはじめとする立法、行政上の諸施策が講じられたにもかかわらず、今日も、なお社会問題の一つたるを否定できないことは公知の事実である。しかし、日本国憲法は基本的人権の一つとして「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」(一四条一項)と宣言し、その保持を国民の責務とした(一二条)。それゆえ、日本国憲法下の今日において部落差別が許されず、これを許さないよう努力することもすべての国民の責務であることは言うまでもない。

そして、前記のとおり、違法性阻却事由の有無は、右の部落問題の現実認識、日本国憲法の諸規定及びその理念に併せ、被害法益の種類、被害の程度、加害行為の態様、その動機、被害者の態度等種々の要素を考慮して、当該行為が社会的に相当として容認されるか否かを検討して決定されるべきであるので、これを本件についてみるに、本件ビラの記載内容はその記載自体に大要において虚偽性はないものの、その表現において一面的、挑発的、煽動的、揶揄的であり、徒に反対派の感情を掻き乱すものであること、本件加害行為はそのような本件ビラの配布行為が憲法上許されない差別行為に当たるとしてこれを差し止め及び将来にわたる同様な行為をさせないためになされたものであることが指摘されるが、一方、前記認定の本件事件に至るまでの過程における第一審原告らの行為、第一審被告ら及び訴外安井義隆の行為をみると、本件事件に至るまでには双方が寛容と忍耐の精神を持って事に当たることが必要であったと認められること、その被害法益は人の身体、健康、名誉感情等の重要な人格的法益であること、そして本件加害行為は、前記認定のとおり午前七時頃より午後五時頃までの長時間にわたっており、その行為の態様も前記認定のとおりであること、等が指摘されるところ、これらを彼此対比し総合して考えると、第一審被告ら及び訴外安井義隆の本件加害行為を社会的相当な行為として容認されるとは到底いえない。

それゆえ、第一審被告ら及び破産管財人の違法性阻却事由の主張はこれを採用しえない。

三  当裁判所の職権による調査嘱託の結果及び弁論の全趣旨によると、原判決表示の被告安井義隆は第一審原告ら主張のとおり破産宣告を受け、破産管財人が本件訴訟を承継したところ、第一審原告らは本件口頭弁論終結日(平成二年二月八日)前に別紙その二(a)欄記載の金額につき破産債権の届出をなし、破産管財人はその全額につき異議を唱えたこと、しかし第一審原告らは右破産者安井に対する本訴請求中別紙その二(d)欄記載の金額については破産債権の届出をなしたが右口頭弁論終結日までに債権調査が行われていないことが認められる。右認定に基づいて考えると、本訴請求中別紙その二(d)記載の金額については破産確定訴訟の要件を欠くこととなるので、この部分は訴えを却下すべきこととなる。

その余の原判決中第一審原告らの右破産者安井に対する本訴請求については、原判決の主文中同訴外人に関する部分を破産債権確定の趣旨に添うように変更することとする。

以上認定の事実及び弁論の全趣旨によると、認定すべき破産債権の金額の内訳は別紙その一「破産債権額内訳表」記載のとおり認められる。

四  結論

それゆえ、原判決中第一審原告らの右破産者安井に対する訴えのうち右別紙その二(d)欄記載の金額に関する部分はこれを取消し、右取消部分の訴えを却下することとする。

原判決中第一審原告らの右破産者安井に対するその余の本訴請求及び第一審被告らに対する本訴請求については、以上の判断の結論と同旨の原判決は相当であり、本件控訴及び附帯控訴のいずれも理由がないので、これらをいずれも棄却することとする。

訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、九五条、八九条、九三条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大和勇美 裁判官 東孝行 裁判官 稲田龍樹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例